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松本箒のはじまり

昔は松本周辺では何軒も作っているところがあったのですが、今でも続けているのはだいぶ少なくなり、数えるほどです。「松本箒」は江戸時代後期の150年前に、ここから近い「野溝(のみぞ)」という地域から発祥しました。東京からホウキモロコシの種をもらって来て、育てて作り始めたのがはじまりです。うちの祖父もそこで学んで作り始め、父が2代目、私で3代目になります。

材料になるホウキモロコシも自分たちで

ここからホウキモロコシが良く見えるでしょ。昔は栽培する農家があり、うちは箒を作って販売するだけでした。だんだんと栽培してくれる農家も減ってきて、父の代からは自分たちで育てています。
収穫は夏と秋の2回。雨が少ないと太くなって実がつき、その分穂が重くなって、曲がってしまうんですよ。曲がってしまったものは天日干しの時に重石を乗せて真っすぐにします。
大体10日ぐらい干すかな。その後、暗い場所で2~3ヶ月干してから倉庫で保管しています。それ以外にも収穫するまでに草取りや間引きなどやることは多いんですよ。

良いものだからずっと使いたい

隣りで父が作っているのが4つの束で作る「4つ玉箒」。これが本来の「松本箒」なんです。
ずっしりして少し重さはありますが、丈夫な箒です。おじいさんが作った箒がそこにあるけど、これはもう40年以上経ったものなんです。まだちゃんと使えるんですよ。外国製のものは穂がどんどん抜けてなくなってしまうけど、この箒はそんなことはない。まだまだ現役です。

伝統にとらわれず、あたらしいことも

昔は持ち手の部分は竹で、ピンクのビニールで巻くスタイルが主流でした。でもなんか今の家に合わないですよね。そこで最近は今の生活スタイルにも合うように3つの束で作る「3つ玉箒」も作っています。

地元の木工作家さんに作ってもらい、持ち手の部分は栗の木などの柄に変えて、ビニールだった部分もふじづる、ベージュや赤、ブルーなどの麻紐にしました。持ち手も長くすればハタキのように使えたり。これなら今の家にあってもかわいいでしょ。インテリアとして飾りながら使ってもらえたら嬉しいですね。

家族3人でみんなで作っても1日にできるのはわずか。それでも待っていて下さる方がいるので有難いです。

profile

米澤資修(よねざわもとなお)

松本市出身。東京の専門学校卒業後、県内の酒造会社に勤務。2011年に祖父の代から続く家業の箒作りを受け継ぐ。箒の原料であるホウキモロコシの栽培から製作、販売まで行いながら、伝統工芸品展や日本民藝館展など幅広いイベントに参加し、父親の勝義さんと一緒に実演やワークショップ、販売も行っている。